第53話
「あ!そうだ。ねぇ、慎くん。写真撮ろ」
緋音は、ジャケットのポケットから折り畳み式の自撮り棒を取り出した。
そんなものをポケットに入れていたら危ない。
「緋音、流石にそれをポケットに入れてたらもしもの時に大怪我するよ」
「…ごめんなさい」
しゅんと肩を縮ませ、悲しそうな顔をする。
ん…こっちの胸が痛む。
俺は、緋音の髪を撫でる。
「サイドバッグに入れておけばいいからね」
「はーい」
急に笑顔を浮かべる。
とても心臓に悪い。
感覚が麻痺している俺にもそれが可愛いと思えるほどに。
「えっと、慎くん…写真…ダメ?」
「ダメじゃないよ」
ただ、あんまり写真撮られるのには慣れていない。
緋音が、自撮り棒の先にスマホを取り付ける。
ディスプレイに俺達が映る。
そう言えば、自分を見るのは久し振りかもしれない。
…俺の思った『おっさん』がいない。
俺って、童顔だったかな?
どう見ても20代の頃の顔だ。
「慎くん、笑って笑って」
笑う。笑う?
あれ?笑い方ってどうだっけ?
「慎くん、表情硬いよ。じゃあ、えい」
緋音が、掛け声とともに抱き着いてきた。
そして、それと共にパシャっとシャッターが切れる音がした。
めちゃめちゃ不意を突かれた。
それにしても、営業スマイルすらやり方を忘れてる。
2年の入院で何かを無くしたのか、いやそれ以前に離婚後のショックがでかかったのかもしれない。
「慎くん、どうしたの?」
「うーん、笑い方が分からない」
「えー、普段はしっかり笑顔出てるよ」
普段は、笑えているのか。
自分だと分からない物だな。
意識して笑うことができなくなっているのか。
「また、私だけなのかな?」
「かもしれないね、緋音といるのは楽しいから」
俺は、いろんな
それだけに、離婚は堪えたし海外生活も辛かった。
感情を無くし、ただの機械になるほどに。
「じゃあ、もっと楽しくなるように頑張らなきゃ」
「ああ、そうだね」
「ほら、今いい笑顔してるよ」
自分ではよくわからない。
でも、緋音がそういうのだからそうなのだろう。
そのあと、俺達は花桃の里を出て秋葉山へと向かうことにした。
ヘルメットを被り、ジャケットの着崩れを直す。
といっても、前ジッパーを開けていただけだが。
それは、緋音も同じだった。
バイクを牽いて、向きを直しす。
そして、俺はバイクに跨った。
「緋音、乗っていいよ」
「はーい」
緋音が、タンデムシートに座る。
バイクに重量が掛かり、少し沈む。
緋音は、そのまま俺の腰に腕を回してくる。
「慎くん、いいよ」
「じゃあ、レシーバー起動させて…と」
『しゅぱーつ』
俺達は、花桃の里を出た。
次は、お昼時に来たいな。
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