第19話

「そっか、ごめんなさい」

「いや、いいよ。

緋音には知っていてほしかったから」


多分、最初から真恵の事を話そうとしていた気がする。

じゃなきゃ、こんなに甘いものを作らなかっただろう。

苦い思い出に、甘い口直しを。


「俺は、真恵の事を忘れたくて 只管ひたすら仕事に打ち込んだんだ。

離婚してから海外で6年無茶して、日本に帰ってきて直ぐに無理が祟って2年病院生活をした。

10年…俺は何をしてたんだろうな」


頬を涙が伝った。

ぼろぼろと零れていく。

ズボンに、零れ落ち染みを作っていく。


「それなら、戻ってきたらよかったのに…私、慎くんが帰ってくるのずっと待ってたんだよ」

「そうだよね…ホント何をしてたんだろうな」


つくづく、無駄な10年を過ごした自覚はある。


「緋音は、どうだったの?」

「私?うーん、私もずっと仕事ばかりだったから何もないかな」

「そっか、緋音は綺麗だからモテるだろうに」


俺は、無意識にそう言っていた。

緋音は、首を横に振る。

頭が落ちるんじゃないかと思うくらいに、激しく。


「全然だよ。

私に寄りつくのは、下心ありありの卑しい目の人ばっかり」


さっき言っていた言葉を思い出した。

「仕事柄慣れている」と言っていたことを。

彼女の苦労が、その言葉から滲み出てくるように感じた。


「今度からは、俺が守るよ」

「うん、慎くんの事頼りにしてるよ」


俺は、思った事を口にしている節がある。

今も、無意識に口走っていた。

でも、後悔はない。

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