第4話
彼女、樋野 緋音とのことを話そうと思う。
緋音は、幼い頃からの知り合いだ。
俺の育った町には、同い年の子供が俺を含めても7人しかいなかった。
その為、必然的に遊ぶようになった。
最初の出会いなどとうに忘れてしまった。
彼是、35年ほど前になるのだから。
7人の幼馴染みの内に、女の子は緋音だけだった。
あとは、全員が男だ。
中学時代までは皆つるんでいたが、高校からはそれぞれ別の道を歩んだ。
俺も、他の6人とは別の学校に行った。
緋音は、確か女子高へといったはずだ。
それでも、交流はあった。
そう、俺が東京の大学に進学するまでは…。
俺は、殆ど地元に帰らなくなった。
貧乏苦学生としてバイトに明け暮れたから。
家賃・学費でほとんどかつかつだった。
高校時代に買ったこの時計だけが支えだったのかもしれない。
あの日。
緋音を連れてイトーヨーカドーへ行って買ったのがペアの時計だった。
確か、彼女に催促されてこの時計を買ったんだった。
「慎くんは、結婚したんだよね…」
少し寂しそうな表情を浮かべている緋音。
俺は、彼女の頭をポンポンと叩き撫でた。
「あー、もうだいぶ前に独身に戻ったんだわ。
32の時だから、8年前か」
俺の口からは、乾いた笑いが込み上げてきた。
虚しい。
全てを失って、俺はなにをしたらいいんだろう。
「ごめんなさい、知らなくて」
「いや、清明にすら言ってないから知らないのも無理ないって。緋音は?」
「私は、仕事が忙しくて全然…婚期逃しちゃったかな…あはは」
彼女の口からも乾いた笑いが込み出した。
40になると結婚とかどうでもよくなる。
結婚生活が最悪だっただけに、俺はもう恋なんてしない。
愛なんてクソくらえ。
なんて、思えてしまう。
「慎くんは、帰省?」
「あー、出戻りだわ。東京の水が合わなくてな」
「そうなんだ…仕事は?」
「これから、探す感じだ」
俺は、買っておいたお茶のペットボトルの栓を開けて口をつける。
はぁ、お茶が美味い。
お茶は、命の水だな。
下手すると、みかんが血肉かもしれない。
あー、帰ったら五味八珍で浜松餃子か松葉で石焼うなぎに肝焼き、うなぎの刺身、いや中川屋でうな重、うなぎとろろ茶漬けもいいな。
天神屋のおでんもいいな。
俺の頭の中には、地元の料理が思い出され、涎が垂れそうになっていた。
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