第59話

そう思っただけで張り裂けそうなほど胸が痛むのは、まだ自分が愚かである証拠。



あんな男、もうこりごり、なんて口では言うくせに。私はまだ、あの男に期待しているの?




「ほんと、馬鹿。」




そんな自分を嘲笑った瞬間、見つめていた庭の端に、人影を見つけた。




その人物は車イスに乗っている。従者はいない。明らかに身分が高い人なのに。




声をかけるには、少し遠いその人を見るために、少しだけ窓枠に体重をかけた。




私は、その人を知っている。




サラサラのブロンドの髪を後ろで軽く結わえ、肩にかかるそれを時おり背中へ投げ出す指先は顔に似合わず武骨で力強い。



それは、彼が毎日剣を握り、鍛練を重ね、命を懸けて戦場に向かっていたから。



華奢に見えるその体は、日々の鍛練のせいで見た目のように弱くないことを知っている。




服の上からでも分かる引き締まった体は、車イス生活であるせいかこれから少しずつ、弱くなっていく。




そういえば、前々世で私がこの人に会ったのは二度だけ。その内の一度は、今頃だった気がする。




場所はこの療養所で。もはや后候補が一人になってしまって、ビターが挨拶をすると連れてきてくれたこの地で私は、あの人と始めて言葉を交わしたんだ。

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