第34話

「和子、食べて落ち着け。」




目の前のお皿から火炉の指先が果物をさらう。途端に唇に感じた冷たい感触に催促されるまま口を開ければ、口の中にイチゴの甘酸っぱい味が広がった。




「大体雷知といい、周防といい、なぜわざわざ国を治めようと思うのだ?」





煩わしいだけだ、そう続ける火炉は同意を得ようと私をまっすぐに見つめてくる。その表情に、なんとなく笑みが込み上げてきた。




「周防は知りませんが、雷知は火炉と国盗りがしたいんでしょう?」



「そうらしいな。暇だからといって難儀なことだ。」




ため息を吐いた火炉の口にイチゴを入れると、それをゆっくりと咀嚼した火炉の視線は、もう会話から抜け出して私の胸元でピタリと止まった。




とりあえず、静かに手で胸を隠す。



「チッ。」



ほんとにこの鬼は。食べることか、卑猥なことしか考えていないのかもしれない。




「どうする?会うのか?」




そう言いながらも、火炉の指先が私の手をどけようと必死に動いているものだから、周防という嫌な存在の重さが少しずつ軽くなっていく気がする。




火炉が紛らわせてくれるから、私はこうして笑っていられる。




「会って、みます。」



皇帝になった周防が今、どんな人物になっているのか分からないけれど、火炉の妻として、妹として、あの人から逃げることは許されないと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る