ひととき

第22話

side 火炉





「ふう。」




広大な大地を前に、崖上で空を仰ぎ見る和子は深いため息を吐いた。



和子の願いとは、造作もない……。



俺と2人で、外へ出たいというもの。




和子の頼みだ、聞いてやらない理由もなく、すぐに暗闇を出してここへ来た。




「いい天気ですね。」


「……ああ。」




嬉しそうに笑った和子は、俺の前まで歩いてくると抱き着いてきた。その細い肢体を包み込めば、かぐわしい和子の香りでいっぱいになる。




なんとも楽しそうであり、嬉しそうな匂い。そして少しだけ、寂しさが匂う。




「なにか、気がかりがあるのか?」


「え?」





首を傾げる和子に目で合図すれば、苦笑いを零した。




「さすがに火炉にはなにも隠せませんね。」




とりあえず、座りませんか?そう言われ、ひとまずその場で2人腰を下ろした。





我が屋敷の近く、鬼たちの住む村々が一望できるこの崖は、俺しか行くことのできない場所だった。




時折桜土や雷知が鬱陶しい時に来ていた程度で他に使い道もないものだったが、景色の良さのおかげか和子が気に入ったようだ。




「寒くないか?」



「……少しだけ。」



「来い。」





春とはいえ、標高の高いこの場所では、和子には寒いのだろう。手招きすれば和子が嬉しそうに俺の膝の間に座りなおす。

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