第21話
「火炉、お願いが、あるんです。」
「ん?」
なぜか箸を置いた火炉は、わざわざ指先で食べ物をつまんでは、次々と口へ運ぶ。火炉の表情は心なしか少し余裕があるように見える。
長年飢えを我慢してきた火炉の弱り切った見た目は少しふっくらして元の彼を取り戻しつつあった。
「言ってみろ。」
指先を舐める火炉が、私の太ももに爪先を走らせる。着物を着崩し、寝床に寝転んだまま、指で食べ物をつまみながら……。
「……お願いの前に、お行儀を良くしてくださいね。」
「ん?」
ほんとにこの人は自由なんだから。王としての品格を、なんて言わないけれど、普通に生活する中の品格は持っておかないとだめだと思う。
火炉がしていることは子供のようで。いや、子供でもこんなにお行儀の悪いことはしない。
「まずお箸で食べてくださいね!」
それなのに、私が注意しても火炉はきょとんとしている。
「火炉?聞いてます?」
「ん?……ん。」
ジッと私を見る火炉は、不意に笑う。それはこれまで見たことないほど優しい表情で、胸が一つ、大きく高鳴った。
「いいな。和子が帰ってきた。」
「え?」
「ん。和子、だ。」
しみじみとそう言った火炉の刻んできた月日は、私には想像もつかない。きっと単純に93年なんかじゃなく、それ以上の長い時間を火炉はこの部屋で過ごしてきたんだろう。
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