第10話

side 火炉






こんなにも放したくないと思ったことはなかった。和子が眠っていた時も、眠る前だってそうだ。




求め続けた存在が、ようやく俺の腕の中へと戻ってきたからだろうか?だから、和子の存在を最も重く感じている、のか。



いや、違う。



これは至極単純な、話だ。




「何をそんなにむくれている?」



無邪気な我が妻は、強い不快感に駆られている。その感情は傲慢にも相手を滅ぼし、この世から葬ろうとすらしているのかもしれない。



それほど、和子の月夜を見る目に殺意が見える。




和子が今、月夜に感じているそれは、想像もつかないが。




可愛らしくもこいつは、月夜に今、敵意を向けている。それを察しているからこそ、月夜も困惑の表情を見せ、まっすぐに和子を見つめていることしかできない。




「別に、むくれて、なんか。」




和子は、自分を隠すのが苦手なようだ。どう考えてもなにもない、という表情ではなかろうに。




「月夜か。」


「っっ。」




対象の名を出せば、和子から漂う殺意の香りが強まった。分かりやすい奴だ、本当に。




そう思うと、先ほどまで流れていた涙は止まり、口元が緩んで仕方がない。




嗚呼、帰ってきたのだ。



あの、失えば終わり、しかし、愉悦と快楽、満腹に包まれた、あの幸せな日々が。

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