第9話

この場で混乱しているのは、私だけ。



93年もの年月を感じていないのも、私だけ。




私、だけが。




「もう、出ますね。」


「和子?」


「和子様。」





立ち上がってお風呂の外に出れば、火炉が私の手を引いて引き留める。このまま、火炉の胸の飛び込んでしまいたいのに。つまらない感情が邪魔をする。



面白くない。最低な気分。ううん。これはもっと酷い。




私の知らないこの2人の絆を断ち切れるのなら、殺してしまいたい、とすら思う。




醜い嫉妬、だけでは言い表せない殺意は、私の心をむしばんでいく。



「放して。」


「無理だ。」




こうして引き留めてくれるのを喜んでいるのに、放してほしいと切に願う。



矛盾している自分の心に唾棄したいほど、醜くい自分が嫌だった。




「放して、ください。」




滲む視界の中、火炉を振り返れば、その傷が目に入る。



なぜかその傷が、火炉と月夜の絆のように見えて、見るのも嫌になった。




それなのに火炉は、絶対に手を放してはくれない。逆に私の手を掴む力はどんどん強くなっていく。



「あっ。」



そして、骨の軋むような痛みを感じた瞬間、火炉の目から、涙が零れ落ちた。




「行くな、和子。」


「っっ。」




縋るような声。流れる血の涙。呆然と見ている内、気が付けば、火炉の腕の中できつく抱きしめられていた。

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