第30話

「だから春さん、ちょっとずつ私の理想から遠退いてました。」



「いやでもそれ、正直遠退いては」



「遠退いて、ました。」



「……はい。」





私の精一杯の営業スマイルから読み取ってくれたのか、春さんが苦笑いを溢した。



でも、私の言っていることは本当のことだ。私の理想の春さんはもちろん仕事も私生活でも完璧な人で、っていうか、理想とかじゃなくそれが春さんだったりする。そんな完璧な人が、私の前ではすぐ疲れたって甘えてきたり、グズグズ言ったりするのが、特別な感じがして、とても嬉しかった。




春さんには完璧な分、欠点じゃないけど残念なところももちろんあるわけで。だけど会社ではそんな一面を見せることは絶対にしない人だ。




春さんは意外と秘密主義なところがあって、友人はおろか家族にも、自分の弱い場面を見せないって夏流さんが言ってたっけ。だから春さんはあの家を買った。自分だけの空間でダメな自分をさらけ出す空間。春さんにはそれが必要だったのかもしれない。




そんな大切な息抜きの空間に自分がいれてもらえているという事実は、とても嬉しい。だけどその上にあぐらをかいて気づけなかった。




最近の春さんは、疲れたとか仕事に行きたくないとか一切言っていなかった、ってことに。

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