第18話

「仕事はどうしたんですか?」



「終わったけど。」



「そんなはずないですよね。」



「え、どうして?終わったよほんとに。」




だって、そんなはずない。




「それじゃ、なんで夜中まで起きてるんですか?」



「っっ、知ってたの?」



「当たり前です。」




一緒に住んでいるんだから分かる。春さんは夜中、ベッドを抜け出して書斎にこもっている。それは朝まで続いて、戻ってこない日もたびたび。




「今こうしているために、夜寝ないで仕事をしてるんじゃないんですか?」



「華、誤解だよ。」



春さんがそう言ったとしても、私は信じない。だって。



「だって、春さん、辛そうだから。」


「っっ。」




連日、春さんに疲れが見える。目の下に隈を作って、顔色もよくない。



だけど春さんは私に、つらいともきついとも言わない。




「私、そんなに頼りないですか?」


「……華。」




春さんは毎日頑張っている。完璧な彼氏で、私が気負ってしまうほど。



だけどそれは、完璧すぎて。




「愚痴の一つも零せないほどの関係なら、私はっ。」




その先を言いかけた途端、春さんの足元が抜け落ちたように見えた。呆けたように地に膝をついた春さんが、私を呆然と見ているから。




「春さん?」



駆け寄った私を見て、春さんの目から、ぐるりと黒目が消える。



ゆっくりと倒れていく春さんの体を受け止めた瞬間、我慢していた涙が零れた。

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