第65話
「バイトって、何すんの。身元もわからなきゃ身分証もないお前に何が出来るの、何が出来ると思ってんの」
真意を突くリョウは、乱雑にタバコを押し付けて火を消した。灰皿の中で細い煙が徐々に薄れていく。
……確かに、そう言われると、身も蓋もない。
叔父さん達の電話番号は知ってるけど、あの家の住所もうろ覚えだ。そもそもあいつらがあたしの証明になられてたまるか。
……やっぱり、逃げることさえ無謀だったのかな。
…………だけど。
だけど、こんなあたしでもやれる事はある。
ちっぽけな頭だけど、一つだけなら思い付く。
「……身体、売れば良い」
「……は?」
「あたし、自分の単価知ってるよ」
「幾ら」
「三から五」
他人事のように数字を零すと、リョウからの返事は消えた。
あってるんだ、と、中身の無い頭は正解を垣間見せる。
「あの家族の収入って、殆どあたしだよ。これからあの人達どうすんだろ」
「………で、今度は自分から望んで、三万でカラダ売るのかよ」
「うん。十人で、三十なら…余裕で生きていけるじゃん」
「…………馬鹿か?」
急にリョウの声がひやりとした恐ろしさと、冷たさを孕んだ。それとほぼ同時に肩に力が加わり、あたしの世界が反転する。
ソファーに押し倒され、纏めていない髪の毛が一斉に広がる。お風呂上がり、リョウは毎日髪を梳いてくれているから、一本一本が生きているかのように跳ねた。
天井から差す光はリョウの身体で遮られる。
いつも穏やかなその瞳はただ無機質にあたしを見下ろしている。無表情だと殊更綺麗で、瞬きするのももったいないと思えた。
──息が、一瞬で荒れた。
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