第58話

扉から現れたのは、朝別れた飼い主だった。


リョウも、まさかここにあたしが居ると思わなかったのか、珍しく一瞬だけ固まっていた。すぐに解凍したけど。



「……何してんだ」


「…おかえり」


「あぁ」



いつもの返事をすると、リョウはあたしの頬に触れた。


少し冷たい指先があたしの体温と混ざる。


普段通りとは行かない展開に、刹那的に胸は高鳴り、目を白黒とさせた。リョウは黙ったままあたしの目の下を親指でゆるりとなぞった。


たったそれだけで、心拍数がぐっと上がり心臓は壊れた様に鳴る。



「…な、何?」


「美味しかった?」


「うん、とっても。ありがとう、リョウ」


「良いよ。レオは?」


「向こうですき焼き食べてる」


「エマに食わせろって言ったんだがなぁ」


「…リョウとも一緒に食べたかったの」


「……さきに食えよ」


「だって、一緒がいいじゃん」


「……そうだな」



口元だけで小さく笑うリョウはあたしの髪をわしゃわしゃとかき回す。


これは一体、なんの嫌がらせなのだろう。


憂さ晴らしの一種なら喜んでお手伝いするけれど。

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