第26話

「……お前、名前は?」


手で整えていた髪の毛がやっと落ち着いたころ、急に自分の事を聞かれて「え?」と間抜けな声が出た。



「話し相手に名前が無いと締まらねぇだろ」


「あぁ、そっか。〝エマ〟です」


「……エマ」


「うん」


「俺は〝リョウ〟だ」



練習がてら、心の中で〝リョウ〟と小さく呼んでみる。……むずむずする。


他人に名前を呼ばれることも、他人の固有名詞を口にするのもとてつもなく久しぶりのことで、なんだか擽ったくて、下唇を噛み締めた。


「……こっちに来い。エマ」


促され、素直にリビングへ向かう。リョウに手招きされて、慣れないソファーへ腰を落とす。


あたしが寝れないって言ったから、かな。


リョウはマイペースにタバコを燻らす。白い部屋に紫煙がプカプカと気持ちよさそうに広がっては空気と馴染んで消えていく。


灰皿には吸殻が随分と増えていて、そろそろ溢れそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る