第3話 パワハラに深く関係する同窓会事件

深井小学校6年2組の同窓会を開いたのは、昭和でいうと44年。西暦では1969年のことだった。未だにこの同窓会がパワハラ事件と複雑に絡み合い、私への攻撃材料にされていて、深井小学校同窓生の敵側陣営のいわれなき非難から私の汚名をそそぐためには、避けて通れない事件になってしまっている。


まず、深井小学校6年2組の同窓会開催の音頭を取ったのは、私と学級委員のペアだったNKさんだった。阿倍野近鉄デパートの地下食堂街通路でバッタリと彼女に出会った。陵南中学卒業以来で、5年振りだった。


「おう、お前。こんなとこで、何してんねん?」


NK嬢は小学校の時から少し勝ち気で、顔はふっくらだが、全体的な容貌はキュート。艶のあるアルトっぽい声でカラカラとよく笑う子だったが、二十歳ともなると何ともチャーミングな女性の印象が漂っていた。久し振りに見る彼女に、私は驚かされてしまったが、小6時の口調がつい口を吐いてしまった。


「あんたこそ、こんなとこで、何してんのよ」


彼女も八年前の、小学校六年時の口調で私に応じた。


「いや、俺はここの店のキツネうどん好きやから、今ちょうど食べて、これから大学の全学集会(紛争解決のため、大学が全学生を招集したもの)へ出て行くとこやねん」


「大学て、どこの大学へ行ってんのよ」


「うん、神戸大学やけど」


「エッ!」


千里にある女子短大の黒い制服に身を包んだ彼女は、驚きというか、意外な表情を浮かべた。が、これは自分が受かった泉陽高校に落ちたアンタが、何で国立の神戸大へ入ってんのよ! との、問いかけでもあったが、すぐ納得顔で、


「私らの高校受験の時は大雪が降って、番狂わせがあったさかいね」


私のプライドを傷つけない表現で、彼女は疑問の矛(ほこ)を収めたのだった。


このNK嬢とのアベ地下での出会いが機縁となり、千里にある彼女の大学の食堂へもしばしば訪れ、我が母校の生協食堂―――ここのぶっとい麺のキツネうどんと雲泥の差のある、細麺の美味しいキツネうどんも味わわせてもらった。そんな交友の中で持ち上がったのが、深井小学校6年2組の同窓会開催であった。


「アンタとこの大学、バリケード封鎖中やから授業ないやろ。時間あるんやさかい、アンタが幹事してや」


確かに名だたる国・公立大学は全学連によるバリケード封鎖中で、授業は開かれず、私も家庭教師のアルバイトと格闘系のクラブ活動に励む日々で、時間は有り余っていた。仕方なく、言われるまま幹事の役を引き受け6年2組のかつての同級生に電話をかけると、


「担任のS先生(助べえ校長KY君の細君に髪の毛を掴まれ、職員室内を引きずり回されたS先生とは別人と思って戴きたい)が出て来るんやったら、私は出えへん」


意外にも、電話を掛けた女子のうち、最初の十人中、七人までが受話器に同じセリフを漏らしたのだった。私は忘れていたが、当時、試験の度に、成績上位者から順になるよう席替えをさせられていて、成績の悪かった者は試験の都度、後ろの席へ移動するのを義務づけられていたのだった。


「おい、どうしよう。こんな抗議の声が上がってるぞ」


NK嬢に電話で事情を話すと、


「そうやな、気持ちわかるな」


快活な彼女も受話器からの声を落とした。彼女の席は大体、上というか、最前列の席から三、四番目。私は二番目席が定位置で、最前列の最優秀席を独占していたのはF君だった。


「しょうがないな。S先生の不参加を望む者が既に七人もいてんやから、今回はS先生抜きにして、先生の出席は次回の幹事の判断に委ねることにするわ」


私は大恩あるS先生に義理を欠く、苦渋の選択というか、決定をしたのだった。実はF君と私は、放課後、二人だけ残ってS先生の個人授業を受けていたのだ。F君と私が一位、二位を占めるのは当たり前といえば当たり前で、我々二人はS先生の個人教授のおかげで、陵南中学へは深井小学校の一位、二位の成績上位者として申し送られていたのだった。


身体的にも頭脳的にも桁外れの才能を発揮するF君(大阪府の健康優良児にも選ばれていた)は、S先生の特にお気に入りで、放課後、私と二人だけ残しての特別授業は、F君の大阪教育大付属中学受験のための、S先生のF君への個人教授であったのだ。F君一人では寂しかろうとの配慮から私が加えられたというのは、私の穿(うがっ)た見方で、罰当たりのひねくれ判断であろうが、いずれにしても同窓会に担任の先生を呼ばなかったという前代未聞事件。詳細を明かさず、これまで私が沈黙を通していたことから、様々な憶測と疑惑を私の敵側に与える格好の材料になっていたことは事実であった。


私はS先生がお亡くなりになっても、以上の事実は胸の奥に仕舞い込んで永遠に封印するつもりであったが(NK嬢には口止めを固く誓って貰い、上の内容を伝えたが)、息子正五郎のパワハラ死が封印を解くキッカケになってしまった。既にF君は三十代前半で亡くなり、NK嬢も二十六歳という若さで亡くなってしまっていた。


「アンタとF君は、6年2組の同窓会に出るべきじゃない」


生前NK嬢に言われていた言葉が、耳の奥にこびりついているが、パワハラに決着をつけようとの決意が63年の時を経て、ここに真実を明かす結果につながったのである。曖昧なままというか、秘密にしたままでは、今後の争いの対応もスッキリしない、不誠実に終わりそうな気がしたからだった。




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