第30話

side 秋



゛渉゛の名前を出した途端、弓の顔は歪み、眼には切なさが浮かんだ。



「・・・どぅして?」



眼に涙を浮かべた弓は、掠れた声で問う。



弓が映し出す恋情に激しい嫉妬が沸き上がったが、グッと我慢した。



「お前が・・・魘される度にその名前を呼んでいた。」



「っっ、」



俺の答えに息を呑んだ弓は、自嘲の笑みを浮かべる。



「フフ、心をあの時携帯と一緒に捨てたつもりだったのに。」



気が付けば、俺は弓を自身の胸に再び納めていた。



「っっ、こんな時にっ、優しくするなんて、卑怯よっ、」



弓のそんな言葉に、頬が緩んだ。



「ならなおさらだな。お前を俺に溺れさせるためならどこにでもつけ込んでやる。だからさっさと俺を利用しろ。」



俺の口から出たのは、その程度の言葉で。



弘人さんから指南を受けとくんだったと、後悔した。



「っっ、なにそれっ、」



弓が泣き笑いで、俺の胸に顔を埋める。



小さな弓の身体ごと、しっかりと包み込んだ。




暫く、弓が俺の胸で涙を流す。



女の涙なんて鬱陶しいだけだった。



しかし今俺の胸の中で静かに涙を流すこの女の涙は・・・



思わず、衝動に任せて目元に舌を滑らせる。



「っっ!!」



驚いた弓の顔を見て我にかえる。



「・・・、わりぃ。仕切り直しだ。」



甘そうな滴に、誘われるままだった自分を恥じた。



「ぷっ、若?もう涙は止まっている様ですよ?」


「あ?」



壮士の言葉に視線を下げれば、弓が涙目で俺を睨んでいた。



「・・・。」



俺の視線は当たり前のように口元に。



視線に気付いた弓は、素早く俺から離れてしまった。



「チッ、」



思わず舌打ちをして自身のソファーに腰掛け、弓へ鋭い視線を向けた。



「お前に起こったこと、調べればすぐに分かる。」



「・・・だろうね。」



それほど【新城】の力は絶大だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る