第21話

「・・・行くな。」




そう呟いた男は、私を抱きしめる力を増した。



「・・・フザケないでよ。私はあなたを知らない。」



男なんて、口先だけ。



将来を誓い合っても、あんな事になったじゃない。



私は唇を噛んだ。



ブツリと、歯が自分の唇に傷を作る。



ツツ・・・私の口元からは、真っ赤な血が流れ落ちた。



「・・・っっ!何やってる!!」



男は私の体を無理矢理自身へ向き直させる。



視界に入ったのは心配そうに眉根を寄せる、彼。



そんな彼を前に、私の表情は悲しみに歪む。



「男なんてっ!私は信じないっ。

私は!!男を愛したばっかりに、父を!母を!殺したの!!

もう、私は誰も愛したり、しない。」



止めどなく流れる涙を拭いもせずに、私は力の限り叫んだ。



このまま手を離してくればいい。



この男は、危険だから。



この男に一歩でも踏み出されれば、私は『陥落』してしまう。



そんな確信がある。



だから、この手を離してほしい。



独りよがりなバカな女だと、突き放して欲しかった。



しかし、私の希望も空しく、【彼】は口角を上げた。




「無理だな。やっと見つけた女を、逃がしたりはしない。」



彼の言葉に、違和感を覚えた。



「私たちは初対面じゃない。探してたなんて嘘。

男は口だけだ。」



私がそう吐き捨てると、彼は柔らかく微笑んだ。



「とりあえず、入れ。お前の服を今用意させてる。それが来るまで話を聞いてくれてもいいだろう?」



そう言った彼は、私の手を強引に引いて再び部屋へ招き入れた。



服の誘惑に勝てなかった私は、渋々ながらも手を引かれるまま先ほど通ったリビングへ足を踏み入れた。

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