第58話

口は忙しなく動き、視線は全て彼女へと向けている翠は少しの隙も無い。



次々と挙げられる要注意人物たちは、ちょっとした物陰に隠れている人間まで発見されていた。



警戒レベルは最低だが、

女の嫉妬は時に小さな種火から業火へと移ろいやすい。


しかし、お嬢を見つめながらもそれらを発見する辺り、こいつにはもう1つ目が付いているんじゃないんだろうか。



お嬢へと視線を滑らせると、



「頑張れ万智!視線に負けるな!」


「は、はぁ、」



最近俺の主となった龍綺様の嫁に励まされていた。



赤面する彼女を見て口角が上がる。



彼女は、人生を父親に捧げる覚悟をしていた。



それは、"諦め"ではなく、"選択"


俺なんかに身を捧げていたら、彼女の人生は台無しになっていただろう。



俺は、罪人だ。



一人の女を幸せにする権利など、無い。



目を細めて彼女を見つめた。



彼女は、失ってきた。



母親を、結婚の自由な選択を、そして、男を。



あの男の所へ嫁に行った方が幸せなのか、はたまた翠の所へ来た方が幸せなのか、



それはお嬢本人にしか分からない事だった。

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