第49話

side 光樹



お嬢の名を出した途端、若干だが翠は表情に翳りを見せた。



「貴方は確かに視界には入れている。

しかしお嬢を"見てはいない"」



「そ‥‥んな、ことは。」


動揺に瞳を揺らす翠のこんな表情は、余り会った事がない俺でも珍しい事なのだと思った。



「きちんと見つめてあげないと、取り返しがつかない。」



遠い目を窓に向けた。



俺は、咲の哀しむ顔、苦痛の表情を見ないようにした。



そのせいで咲を傷付け、取り返しのつかない事をしたんだ。



「新城奏を見ていて学びました。」


「・・・虎、ですか。」



小さく頷く。



「何かを感じた女なら、恥ずかしさやプライド、罪悪感から目を背けたりはせずに、真っ直ぐに見てやらないと‥‥、」



咲の笑顔を、思い出した。



「最も大切な女を失うことになる。」



強い視線を送る俺を、翠は目を細めて見つめた。



「・・・私には大切なものなど、龍綺様以外はありえません。失礼致します。」



俺に口を開かせる前に翠は頭を下げて部屋を出ていってしまった。



「気付くと、いいけどな。」



呟いた俺の言葉は、静かな室内にこぼれ落ちた。

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