第42話

side 万智



「万智、お受けしてもいいか?」



父さんがそう聞いてくるも、私の心は既に決まっている。



「はい。お受けいたします。」



深く、深く、龍樹様へと頭を下げた。




この年になるまで結婚をしなかったのは、私は最早、父さんの為にどこかの組の嫁に行くしかないと諦めていたから。



私なりに、恋はしてきたつもり。



結婚を意識した人だっていた。



だけど、西の地で罵倒される父を、


集まりでも弾き者にされる父を見て、


私の結婚は父の為の駒として使われることを自ら望んだ。




どうせ私には思い人もいない。



だから、気持ちは楽だった。



だけど・・・、



初めて見た翠様は、とても寂しそうな人だった。




銀の髪に、銀の瞳、無表情な表情からは、何の感情も読み取れなくて‥‥、



彼の瞳から伝わってくるのは、



"轍鮒之急(てっぷのきゅう)"



轍(わだち)に溜まった少ない水の中で喘ぐ魚が助けを求める様に、懇願する彼の瞳に、心が奮えた。




「私、彼に惹かれています。

私が彼を捨てないかどうかは、お約束出来ませんが‥‥、」



扇子を前に目を細める龍樹様に、私の喉がゴクリと鳴った。



「彼を、全力で愛したい。

そう、思います。」



「ん、それでもええ。君が全力で翠を支えることに意義があるんやからな。」



そう呟いた龍樹様は扇子を閉じて私へ頭を下げた。


「なっ、なにを!?」



慌てる私と父さんを余所に龍樹様に倣って真琴様も頭を下げた。



「翠に、"感情"を教えたって。頼むわ。」



「ッッ、はい。よろしくお願い致します。」



私も父さんと一緒に深々と頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る