第27話

ジワリ‥‥、私の額に汗が滲む。



傷つけてしまっただろうか。



寂しそうな彼女の表情に、胸が痛む。



「・・・すいません、これを。」



そんな気持ちとは裏腹に、私の体は素早く動き、靴ベラを近くの組員へと手渡した。



「では、失礼致します。」


「ぁ、‥‥‥‥、」



何かを言いかけた彼女に気付かないフリをして、西宮を後にした。




ーーーー、


ーーーーーー、


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車中、これまでに体験したこともない疲れを感じた。



「翠様、珍しいですね。お疲れです?」



運転手の塚本(つかもと)の心配そうな声が聞こえた。


近しい人間とはいえ、悟られてしまう程とは。


思わずため息が漏れた。


「いえ、最近仕事が忙しいですから。」


「今日はもう、お休みになってください。」


「はい、龍綺様に報告をしたら、休みます。」



いつもは、疲れなど感じない私の素直な言葉に、ミラー越しに塚本の瞳が見開かれる。


それを見ないようにして、私の視線は車外へと向けられる。



一定のスピードで動く町並みを見つめていると、先ほどの自分は夢の世界の人間だったのではないか、と錯覚する。



日常に見慣れた風景に差し掛かったところで、先ほど感じた自分の気持ちを忘れる事にした。



彼女はいずれ、誰かのものとなる。


その嫁ぎ先に会わないように心がければ大丈夫だ。



そう、自分に言い聞かせる。



しかし、そんな私の予想は、大きく外れる事となる。





龍綺様が、私の異変に気付かぬ筈がなかった。

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