第58話
side 奏
「良かったですわ。断られたらどうしようかと思いました。」
笑顔を絶やさない女は、そんなことを唐突に言った。
それに視線だけ上げるも、俺の興味はそこにはなく。
俺がこの女を視界に入れるのは、一企業の優秀な社長としてでしかない。
この女も俺がそう見ているのを悟っているからこそ、媚びるような仕草も見せず、女特有の武器すらも使わなかった。
なにより、それで問題なく仕事を進めていくだけの優秀さがこの女にはあるようだ。
内心、面食らっていた。
会社を興して数年だが、出会ってきた女の社長は全て、まだこの女程度のレベルにも及ばない者ばかりだった。
会社を大きくしたという自信、そして信念。それが根底にあるはずなのに、”女の部分”がそれを凌駕する。
しかしそれは、男の社長にも言えることだ。
自分の会社の利益の為、俺をどうにか取り込もうとあの手この手でアプローチしてくる。既婚者である俺に自分の娘を差し出そうとしてくるクソもいて、いつも呆れかえるしかない。
しかし、目の前のこの女は、
「あの、プライベートなことでご相談があるのですが…」
仕事とはきっちりと分けるタイプの様だ。
先ほどの凛とした社長としての威圧感はなく、頬を染めてはにかむ仕草は普通の女のように見えた。
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