第57話

「先に入るとは、どういうつもりだ。」


「秋と一度入ってるけどね?」


「・・・それは別だ。」



奏の低い声に、クスリと笑みを零す。浴室にスーツのまま仁王立ちの奏が面白くて。



「・・・おかえり。」


「ああ。」



奏が帰ってきただけで、私の中の焦慮はバラバラに砕け散ってしまう。



「まだ出るなよ。」


それだけを言って脱衣所へと消えていった奏の影をすりガラス越しにチラリと見て、機嫌が浮上した現金な自分に苦笑いが漏れた。



ーーー、



「今日はしないね。」


「あ?」



浴槽の中、私を足の間に座らせて浸かる奏を見上げた私に、訝しげな声が落ちる。



「甘ったるい香水の匂い。」


「チッ、」



夜の店の巡回も、接待も、私にとって違いなんてない。



「ふふ、いつも臭いじゃない?」


「・・・不可抗力だ。」



機嫌悪く細められていた奏の目は、すぐさま”愉悦”を浮かべる。



「仕事はうまくいった。問題はその後だ。」



「ん?」



水音をたてて、向かい合った私たち。



奏の胸の上で見上げた私に、奏はニヤリと口角を上げた。



「近衛社長に含むものを感じてな。人払いをして2人で食事をした。」


「へぇ。」


それにはイラッとしたけど。ムカッとしたけど。



「そこは大目に見ろよ。おもしれえネタ、掴んできたからな。」



そう言った奏が続けた言葉に、私も意地悪く?笑みを浮かべることになる。

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