第28話

なのに。


ゆいかは嬉しそうに昴の服の裾を引いて。


昴も穏やかな目で見ながら隣に並ぶ。


きっと自分の後ろしか歩かない昴と一緒に歩きたいからだろうが。


俺はなんとなく面白くなくて昴に小声でいちゃもんを付けた。


結局苦笑いの昴を横切って、ゆいかの反対側を陣取るも。



手を繋ぐわけでもなく、腰を抱くわけでもない俺達の距離はそんなに近くはない。


隣の兄妹にくっついてる俺、みたいな図式になってしまい、髪をグシャグシャと掻き毟りたい衝動が沸き起こる。



「お兄ちゃん、本屋なんて久しぶり。」


「・・・そうだな。お前は本が好きだから。配送を頼むから買っても大丈夫だぞ?」


「ん?んーそうだね。欲しいのがあったらそうする。」


兄妹の弾む会話を横に、ため息が漏れた。


「蓮?」


「ん?」


透き通るようなゆいかの綺麗な声に名を呼ばれると、自然と口角が上がる。


「蓮は行きたいとこないの?」


「平気だ。お前の好きなとこでいいぞ。」


「…ありがと。」


「ん。」



自分でもビックリするくらいの穏やかな声が出て。


はにかむゆいかに、自然と落ちた気持ちも浮上する。



この、笑顔が好きだ。


これだけで、今日は連れだして良かったと思う現金な俺がいる。



だけどこの後、この穏やかな空間が乱されることになるなんて。


ゆいかだけでもなく、昴や俺も、気付けないでいた。


偶然はいつも、ゆいかを傷つけるんだ。

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