第56話

それでも僕は、止められなかった。それだけ、この世には愚かな人間が多いから。



自己満足の為にいろはを傷付け、時折それは、狂気に変わるから始末が悪い。



松本にこもそうだ。あんなゴミは、ゴミ箱に捨てたって意味が無い。


悦郎や松本にこのような大きなゴミは、原型を留めないほど燃やし、粉々にしてしまわないと。ああいう輩は、例え粉になってしまったとしても、人々の肺を侵す。



存在自体が、危ないんだ。



「郁。」


僕の名前を縋るように呼んだいろはが、僕の腰に手を回す。



抱きしめ返して後頭部を撫でれば、更に腕の力が強まった。



震えるいろは。可哀想ないろは。


こんなに、怖がって。



「大丈夫。」


僕が、傍にいるから。



「郁、怖いよ。」



素直にそう言ったいろはは、見開いた目を涙で満たす。



綺麗な雫を、唇を寄せて拭き取って。


なるべく優しく、穏やかに微笑んで。



歯をガチガチと鳴らすいろはの唇を一瞬、塞いだ。



だけど寒さに凍えるように、いろはから恐怖が抜けない。



悦郎の立てた爪痕は、それほど深いんだ。



1回、2回、いろはの唇を塞いで。



瞼はお互い開いたまま、見つめ合ったまま唇を寄せ合う。

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