第39話

side 郁




タクシーを降りて家に入れば、リビングで師範と母さんが何かを話しているのが見えた。



そのまま階段を上がり、自分の部屋の扉を開ければ、僕のベッドでいろはが寝息をたてている。



ゆっくりと、いろはの枕元にしゃがみこみ、手の甲で額を撫でた。


身じろぎすらしないいろは。そんな彼女に僕の指は、あちこちを這い回る。


悦郎がなにかをしていないとも、限らない。



僕の大切ないろはを、傷付けていないとも限らない。



現にもう、心は、傷付いているんだから。




一通り見てみて、ホッと安堵の息を吐いた。大丈夫だ。



そしてそっと立ち上がった僕が踵を返せば、師範と母さんが部屋の入り口に立っていた。



「しばらく、いろはの家に泊まるよ。」


「え?」



クローゼットを開いて、戸惑う母さんを見ることなく、鞄を取り出す。



当面の服、下着。ああ、教科書とかもいるな。



そう思いながら鞄を開けば、背後から母さんの低い声が届いた。



「駄目よ。」



その言葉に、視線だけを向ける。



「っっ、」


僕は何も言っていないのに、母さんは目を見開いた後、辛そうに顔を歪めた。

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