第32話

同じ”オス”の立場になった今なら分かる。


あの時悦郎は、僕を抱こうとはしていなかっただろう。


ただ、自分の所有物のドールを愛でたかった。



無機質な物が生を受け、鼓動を刻み、息をしている。



悦郎の言う”魔法”が叶えたその奇跡を、あいつは確認したかったんだ。



だけどそんな事、あの時の僕たちには分からなくて。初めて触れる、大きな力に僕は打ちのめされた。



だけどその後の……



思い出したくもないのに、思い出さなくちゃいけない、いや、忘れることなんて到底許されないあの事。




あの工事現場で。悦郎はいろはを切り刻んだ。





『ダメ。ダメなの。この子だけは!!』



そう叫ぶいろはは、血だらけになりながらも必死で僕を抱きしめた。



雨の匂い、鉄の匂い、それよりも濃く香るいろはの血の匂い。


クラリと、眩暈がした。



「今すぐ、バスを止めてください。」


「っっ、分かった。」



先生に詰め寄れば、思いのほかすんなりと承知してくれた。



『妹は、お姉さんを護るため、傷を負ってしまいました。』



物語口調で話す、悦郎の猫なで声が脳内に響き渡る。



「郁、大丈夫か?」



伊吹の声が聞こえたような気がする。

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