第31話

side 郁




「先生。」


「なんだ、蓮池?」



修学旅行帰りの車内は、静まり返っていた。そのおかげで僕の声はよく響く。



不思議そうに振り返った先生に向き合っている自分の表情はどんなものなのか。想像もつかない。



少し、目を見開いた先生。僕を見て、身構えた感じだ。



「今すぐ、降りたいんですが。」


「は?」



今度は丸々と目を大きく見開いている先生の声で、周辺のクラスメイトたちがチラホラと起きだしている。



「どうした?郁。」



放っておけばいいのに、伊吹がわざわざ後ろの席から前へ来てそう聞いて来た。



「……いろはが、倒れました。」


「は?」


「え?」



ここは、素直に事実を述べるべきだ。親が倒れたとか下手に嘘を付けば、後でばれかねないから。



悦郎が帰って来ました、と言っても、この場の誰も、理解できるわけがないから。



「タクシーで帰ります。」



本当は。


悦郎がそのまま学校にいてくれることを祈っている。そして、先生がこのまま許可を出さず、学校で鉢合わせられることを、祈っている。


そうすれば、躊躇いもなく…




僕はあの男が怖かった。


泣いて懇願する僕の肌を愛でるように堪能するあの男が。

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