第26話

『っっ、やめろっ!』


『助けて!!』




泣き叫ぶ、郁。


呆然と見ているだけの私。



そんな郁を組み敷く悦郎は、初めて会った時と同じ、笑顔を浮かべていた。




綺麗な恰好の私とは対照的に、郁のドレスは少しずつ、悦郎が取り出したナイフによって切り裂かれていく。


小学生の私でも、郁がなにをされようとしているのかが分かった。



郁が男の子とか、そんなのはどうでもいい。


きっと悦郎には今、郁が可愛い女の子にしか見えないんだ。



『っっ、』



咄嗟の事だった。


涙目を大きく見開き、悦郎を見て怯えている郁を見て。守らなくちゃと、思った。



最後に、悦郎が郁の着ているドレスの胸元を大きく切り裂き、ナイフをその辺に投げ捨てる。



『あ゛っ、』



悦郎の悲鳴にも近いその叫び声。私の手には何か不思議な感触が。



悦郎が放ったナイフは、私の手によって悦郎の肩にめり込んでいた。



私の力じゃ深くは刺せなかった。だけどそれでも、悦郎が怯んだのは確かだ。



この時の気持ちは、よく分からない。



刺す事の怖さ、重さ、そんなことも感じなかった。


ただ一心に、郁を救わなくちゃいけない。それしか浮かばなかったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る