第56話

「あの女に、何をされた?」



俺の低い声に反応を見せない夏流は、俺の胸の上で指を遊ばせる。



歩いてみたり、滑ってみたり、人の足の様に動く夏流の指は楽しそうに跳ねる。



「・・・・夏。」



俺の一段と低い声に、指はピタリと止まり、夏流の口からは小さく吐息が洩れた。



すると夏流は、俺の上に重なるように乗り、顎を胸に乗せる。



若干顎のせいで胸がいてえ…。



そう感じた俺に気づいたのか、夏流は顎の下にシーツをかませた。



変な体制で目が合った俺たちは、無言の攻防を続ける。



しかしここで引く気はねえ。



あのツインテールが何をしたかで、俺の今後の行動が決まるからだ。



引く気の無い俺が目を細めた所で、夏流は諦めた様にため息をついて口を尖らせた。



そんな子供みたいな夏流の行動に苦笑が漏れる。



「女子トイレで、一言、言うだけ。」



「・・・なんて言った。」



更に低くなった俺の声に、夏流の瞳が揺れる。



「教習所に一緒に行ってて、仲良くなって、挙句に付き合うことになったって"嘘"を一日一言、お婆ちゃんのボケ防止の様に言うだけよ?」


「婆ちゃんって・・・」


俺の苦笑いに、夏流は更にふてくされてしまう。



「あの時の私の心理状態じゃ、不安を顔に出さないだけで精一杯だったわ。」



そう呟いた夏流の額にコツンと拳骨を食らわせた。

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