第55話

冷静になったのは、康祐を蹴り倒して夏流のいつもの声を聞いた時だった。



それでも未だ興奮状態からは醒めず、彼女に康祐が触れたと思うと利かない自制心。



夏流はグランがいいと文句を言うだろうが、俺が我慢出来そうになかった。



薄汚いラブホで、最高の女を衝動のまま抱くのは、俺に理性を無くさせる。



そして……、



「かっ、えして……っ、」



目の前で懇願する夏流は、濁った瞳を俺ではなく木下へと向けていて、



沸き上がるのは、"欲望"



このまま貫きたい衝動を抑え、右手を振り上げた。



パシンッ…… 「ッッ!?」



夏流の頬を張れば、漸く"俺"を視界に入れた夏流は、フワリと微笑む。



「朔真?」


「ん?」


さっきまで泣き叫んでいたはずの夏流は、何事も無かったかのように穏やかに笑う。



お互い裸のまま、夏流を胸に包み込み、シーツを上からかける。



少し寒いのか、俺に擦り寄る夏流は、俺の胸に手を置いて話し始めた。



「夢を、見たわ。」


「・・・どんなだ?」



俺の言葉に、夏流は小さく笑う。



「朔真が、私に背を向ける、夢。」


「ッッ、そうか。」



俺のさっきの些細な行動でさえ、夏流を壊すには十分だったということだ。



「しかもツインテールの所に行っちゃうのよ?」



クスクス笑う夏流は瞳を揺らしていて……



さっきまでの自分をきちんと自覚出来ているんだろう。



夏流の体を、きつく抱きしめた。



離すことは無い。そう伝える為に。

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