第33話

「いや、そうでもないと、思うけどな。」




そう呟いた密人に訝しげに顔を上げた俺は、立ち上がって顔を顰めた。



「痛むか?」


「チッ、若干捻った。」



さっきの朔真からの攻撃で手首を捻った様だ。



ぎこちなく手首を廻す俺に、密人は苦笑いを零す。


「朔真の攻撃くらってそれだけで済んでるんだからいいじゃねえか。」


これまで夏流に近付いた男は大概が戦闘不能だ。



そう呟いた密人に目を細める。


「早すぎて対応出来なかった。」



そう答えた俺に密人は首を振った。


「いや、朔真は容赦ねえけどな、組関係か白虎の人間にしか手は出さねよ。例外はあるけどな。」



朔真の頬に口付けをした夏流へと視線を滑らせて、胸がザワリと粟立つ。



「やつらを沈めたのは、夏流だ。」


「・・・はぁ?」



苦笑する密人は漸く幸せそうに笑い合う2人へと視線を滑らせた。



「"朔真を悲しませた"ってな。あいつはめんどくさくてただほっといただけなんだが・・・。」



目を細める密人は、俺に向かってニヤリと口角を上げる。



「でも、お前はちげえ。」



「・・・なにがだ?」



訝しげな俺の声に、密人は更に笑みを深めた。



「動揺してんだろ、朔真がな。ククッ。」


「そこ、喜んでいいのか?」



俺の呆れた声に、密人は心外だとでも言うかの様に眉を上げた。



「それだけで称賛に値するぜ。まぁ、頑張って押してみれば?」



俺の肩に手を付いて口角を上げる密人の視線の先には、腰を抱き合ってこちらへ向かってくる2人。



「だが・・・、」



目を細めた密人は真剣な表情を2人に向けたまま呟いた。



「余りやり過ぎんな。"あいつ"が壊れると色々大変だからな。」



"あいつ"がどちらを指すのか、



それを俺が知るのは梅雨が終わり、蒸し暑さが夏の到来を告げる7月の始めの事だった。

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