第30話

小さく息を吐き出した。



そんな仕草に体の震えを増す、夏流の手を取り向き直る。


視界に入った夏流の漆黒の瞳は潤み、弱々しさを物語っていた。




最高に強く、気高い俺の女。



自分の認めた人間しか自分のテリトリーに入る事を許さない夏流の気難しさに、背を向けた人間など数え切れない。



俺もその内の1人だと思ったのだろうか。



こいつは、強くなんかない。



常に俺を試し、それが正解でないと癇癪を起こす。



ただの、餓鬼。



だけど俺はそれでいいと思う。



「夏、」



俺だけを見ていてくれるのなら。



夏流の漆黒の瞳から流れた一筋の涙に苦笑を漏らした。



「ちょっと頭を冷やしたかっただけだ。

俺がお前から去るわけないだろ?」



夏流の頬を指で撫でると、目を閉じた彼女は身を委ねる。



"別れてあげる。"


"いいのよ、あっちに行っても。"



こいつが俺にそんな言葉を吐くのは、自信が無いからだ。



新城の姫で、なんでも持ってるくせに。



こいつは、どんな事よりも"俺を失う事"に恐れを感じる。




夏流の肢体を、腕の中へ。



俺の腰に回る手はキツく結ばれ、

夏流の小さな口は俺の胸の前で、安堵の吐息を吐き出した。



「俺たち、"脆い"な。」



思わず苦笑が漏れる。



康祐という強敵が現れたその日に、揺らぐ俺たちは、脆い。



苦笑いを浮かべる俺に、胸の中で夏流が小さく笑みを漏らす。



「だったら、離れなければいいの。

私達は離れればきっと、」


コワレチャウモノ。



何故か嬉しそうに微笑んだ夏流の笑顔は俺の肌を粟立たせる。



それがなんだか、契約前の悪魔の笑みに見えたから。



俺の胸の中の悪魔は、選択肢なんてくれないけどな。



「じゃー八つ当たりさせろよ。」



嫉妬にイラついた俺を、冷静にさせてくれ。



呟いた俺の頬に夏流は一つ、口付けを落とした。



「・・・グランでいいかしら?」


「はぁ、お前なぁ・・・、」


「フフッ……、」



またグランから登校なんてゴメンだ。



夏流と腰を抱き合って密人と康祐の元へと急ぐ。



しかし俺の思考は未だ暗いまま。



6月になれば・・・、今程一緒には過ごせない。

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