第29話

「朔真。」



夏流のハスキーな声は、俺の体の機能全てを瞬く間に停止させてしまう。



康祐の顔スレスレで止まった足も同じく。



「チッ、」



足を下ろして気付いた。



康祐は俺の死角で拳を握っていた。



このまま足を振り切っていたら俺も少しばかり、反撃を食らっていただろう。



(チッ、やはり。)



夏流を狙う男たちは今まで腐るほどいた。


だが・・・、


目の前で痛そうに顔を顰めるこの男は、



これまでのどの男よりも、秀でている。



その事実が俺の中に、影を落とす。





夏流を、奪われるかも、しれないと。





「ッッ、」


「・・・朔真?」



夏流の声を背後に、俺は歩いてきた道を戻る。



夏流が康祐を庇った。

それだけで俺の目の前には闇が広がる。



このままじゃ、ダメだ。



頭を冷やすため、弓の準備が出来るまでこいつらから離れるつもりだった。



だけど・・・、



「待ちなさい。」



その声に俺の肩が、ビクリと跳ねる。



「私に背を向けるなんて、絶対に許さない。」



放課後の廊下は生徒もまばらだ。


しかし静かな廊下の気温が下がったような、そんな錯覚を覚える様な冷たい声は、俺の体を凍りつかせる。



「冷静になりたいなら、私の背中で、考えなさい。泣きたいなら、胸を貸してあげる。

・・・・・だから」



少しずつ近付いていた夏流の声は、足が廊下に張り付いたままの俺の耳元で震える吐息を吐いた。




「だから、私から、離れないで。お願いっ。」



「ッッ、・・・な、つ。」



俺の腰に痛いほど強く巻き付いた夏流の手は白く染まり、離さまいと更に強く力を込める。



夏流の甘い香りが強く香り、それが彼女が頭(こうべ)を俺の肩に埋めている事を知らせる。

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