第66話

その表情に、言葉は選ぶべきだと後悔に胸が苦しくなる。



小さく首を横に振って。



「また僕が、傷つけるからいいよ。」


「っっ、」


息を呑んだいろはに微笑んだ。



いろはを傷つけるなら、僕が立ち上がろう。


僕が、女を傷つけて……女を失ったいろはも、傷つける。



その役は、僕にしかできないから。



「あ、郁!」



伊吹の呼びかけに目を上げて、戸惑ういろはの手を引いた。



「なんかさ、いろ、長谷川さんの友達とばったり会ったんだよ。いつも1人で食べてるって言うから。」


「そう。いろは、敷こう。」


「え?う、うん。」



女に一瞥だけをくれて、弁当の入った鞄からいつもの敷物を取り出した。



水色のそれは、僕が中学に上がる頃、いろはと2人で買いに行った物。


2人で金を出して、少し良い物を買ったんだ。



中学2年間使っているそれは、少し所々解れてきている。


ど真ん中にはうっすらと茶色い染み。



デートでピクニックに行った時、零したコーヒーの染みだ。



僕たちの歴史を刻んでいるこれは、とても大事な物。



だから、



「あ、手伝いますっ、」


「いいよ。」


人生の通過過程でしかないこの女に、触らせるつもりもない。

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