第64話

「し、知ってるもん。」



そう言って耳を真っ赤にしたいろはが再び歩き出した後を追う。



自分が今、寂しさに埋もれそうになっていることに恥じて、そして僕からの『特別』という言葉に嬉しくなってるんだ。



その2種類の感情は、いろはの顔に熱を持たせる。



僕はそれをからかうことはしない。


言えば怒るから。



これ以上機嫌を損ねたくないのも、ある。



いろはの隣に並んで、そっと手を握る。


そして愛おしさに頬が緩む。


そんな僕を困ったように見上げたいろはは、まだ熱の残る頬を反対側の手で押さえながら、小さく笑う。




いろんないろはが見れるから、やっぱりいつも、2人でいたい。



告白はもういいけど。


先ほどの苛立ちがよみがえってきたから、弁当を持っている左手に少しだけ力を込めた。



「あ。」



いろはのそんな声にハッと気が付いて、その視線の先を辿る。



花の散った桜の木の下には、伊吹と会話する女。



「あれって……、」


「うん、友達、らしい。」



いつもいろはといる、渡辺という女だった。



「そのクセ、いつ治る?」


「・・・さぁ。」



色の無い声。彼女を見るいろはの目は、よく知っている目だった。

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