第36話

「そうだろ?あんな弱弱しい子がさ、虐めなんかだめだって。」



僕の言葉の意味を違う意味で理解している伊吹に、曖昧な笑みを浮かべる。



いろはが傷ついて、一番傷つくのは恐らく、僕だ。



あの時のいろはを今でも鮮明に思い出せる。



背中をなにかがゾクリと這って。寒さに身を震わせた。



「・・・郁?」



伊吹の訝しげな声に上手く反応できず、唾を呑みこむ。



年上なのに。あの時のボクはいろはに守られ、包まれていた。



雨の香りに混じって強く薫るいろはの血の匂い。


それと混じり合うように、工事現場の鉄の香りが鼻をついた。




「っっ、う、」


「おい、大丈夫か?」



クラリと、めまいがして。込み上げる吐き気に口を抑える。



普通じゃない状態の僕に気付いた伊吹は、慌てるもどうしたらいいのか分からないらしく、座ったり立ったりを繰り返していた。



その光景でようやく、自分が現在(いま)ここに在ることを思い出した。



高校2年生の自分。



口を覆っていた手を見れば、あの時の砂まみれの小さな手じゃなく、大きな、大人の手で。



ホッと、息を吐き出した。

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