第30話

「私は、頼が心配なだけだよ。」


「光里……」



くしゃりと顔を歪めてそう言った光里は、私の額を撫でた。



静かな室内には、私たちの息遣い、そして窓を打つ雨の音だけが聞こえます。


例年より早く、本格的に梅雨入りしたこの時期は、湿っぽくてじめじめしていて……


憂鬱な気持ちに、なります。



「恋愛は駆け引きが大事なの。なのに頼は不器用すぎ。見てらんない。」



継いだ言葉には、笑い返すことしかできませんでした。



黒蜜君を前にすると、私のこれまで培ってきた経験や地盤は大きく揺らぎ、常に冷静を心がけている自分は崩壊します。


彼を見ることを抑えきれず、しつこくすればどうなるのか予想もつくのに、我慢できなくなってしまいます。



「私、駄目かもしれませんね。」



黒蜜君は、私の薬にも毒にもなります。


きっと私がこれから、今までのように生きていきたいのなら……



私は、彼を諦めた方がいいのかもしれない。




白坂頼として、常に前を向くのなら。



「それでも私は、彼の隣で、白坂頼として生きていきたいんです。」



泥まみれで、みっともなくて、嘲笑されることもあるかもしれないけれど、黒蜜君を好きな、白坂頼として私は、生きていきたい。

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