第55話

サラリーマンにしては、少しスポーティーなそのバッグ。もちろんそれだけで普通じゃないと思うのには無理があるけれど……



「フリーペーパーの記者さんが、何の用ですか?」



桐生先生の少し硬い声音の通り、目の前の男性を纏っている空気は、どこか私を警戒させた。



桐生先生の言葉に、男性は笑みを深める。桐生先生の尖った声にも相好を崩しはしない彼は、まっすぐに、私を見た。


「っっ、」



なぜか身構えてしまったのは、この人の目が、一切笑っていないから。



「奥様、私、フリーペーパー【テオス】で専属記者をしております、神代裕也と申します。以後、お見知り置きを。」



ゆっくりと下げられた頭を見て、私がここで取るべき行動は……



「京極雫と申します。」



誰であろうと、笑顔で。そして、警戒すべきだと”分かる”人には、更に丁寧な態度を示すこと。



私の返答に顔を上げた神代さんは一瞬、顔に陰りを写した。それが何を意味するのかは私には分からないけれど、目の前の人が付き合うべきでない人だということは分かる。



「流石、あの狗神様の奥様ですね。」



撫でるようなその声に、不快さを感じた。この人の言い方が言葉通りには受け取りきれないからだ。

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