第52話

それは、彼らが私に興味がない訳じゃなく、”そうしなければいけない”から。



神の妻という存在は、面白可笑しく直視してはいけない。それがこの世界の決まり事。



悲しいとは思わない。関心がなくてそうしているとしても、そうではないとしても、私には大して差はないから。



だからまっすぐ、私は歩いて行く。ゆっくりと、笑顔で。



私にはそうしなければならない理由がある。



玲の、旭の為。私がここで、発作を起こすことは許されない。



「雫、選んでよ。」


「っっ、」



突然の声に隣を見れば、お兄さまが上機嫌にこちらを見ていた。



「ねぇ、いいだろ?」



甘えるように私に笑いかけるお兄さまは、私が着ている上着の裾を引く。



まるで、彼女が彼氏におねだりをしているように。



「ふふっ、」



思わず噴き出して、反対を歩いている桐生先生を見上げた。



少し笑顔を浮かべている桐生先生は、ゆっくりと頷いて。穏やかなその目に漸く、息を吐き出す。




デパートに出かけるくらいで、私はこうだ。



これじゃ、いつまで経っても玲に、桐生先生に、迷惑をかけてしまう。



この買い物は、私の我が儘で。本来ならば狗神の妻はやらないこと。



でも、私は、歴代の彼女たちとは違う。



私らしく、ありたいと、思う。



そう思って顔を上げた先に、新しい不安が待っているとは知らず。私はお兄さまに笑顔を向けていた。

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