第45話

あと、数歩。



旭の小さな足が、少しずつ私から遠のいて、地獄へと向かっていく。


角を曲がって、彼の姿が見えなくなった、時。



「はぁっ、は、」


「っっ、奥様っ、」



膝を付いて、不安を吐き出す。



「は、は、」


「桐生先生をっ、」



傍の海渡さんがスマホに向かってそう叫ぶ隣で、ゆっくりと渦巻く黒い霧は私の全身を包もうと蠢いていた。




分かってはいても、胸が張り裂けそうで。



息子が向かう先のつらさも、苦しさも、分かっているからこそ、辛い。



でも、旭が立派な狗神になるには、この方法しかなくて。



歴代の神々のように、旭が”強く在ってくれ”と強く願った。




『超えるべき壁だ。』



玲の抑揚のない声が頭に響いても、それは母親の私には、理解できない。



子を壊す、意味はあるの?



それ以外の方法はないの?


聞いてはみても、自分の中で答えが生まれることはなく、そして玲からの返答も見込めない。



狗神となる者が乗り越えるべき壁。それを越え続けた者だけが狗神になれる。


それは、彼らを包む最大の楯にもなり、彼らを守る最強の矛ともなる。



結局これは、旭が歩かなければいけない道。



乱れる息に肩を上下させ、私は目を伏せた。

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