第32話

そんな桐生先生は、時折苦しそうに笑う時がある。


それは、先生がごくたまに出かけた先から帰って来た時に、見せるその表情と似ていた。



「大丈夫かな。」



ああまた、私の悪い所が芽を出している。



【偽善】という名の花の芽が。



先生はあくまで、私の主治医で。


私たちの、家族じゃない、はず。



それでも先生のあの寂しそうな笑顔を晴れさせてあげたいと感じるのは、彼の存在が、私たちの傍にいつもいたから。



あの日病院で、私を救ってくれたあの人を。


私に、人生を預けてくれたあの人を。



笑顔にしたい。



だけどただそれだけで彼の領域に足を踏み入れるのは、きっと間違っている。そう思った。

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