第29話

side 雫




「桐生先生、」


「……、」



立ち止まった私を振り返った玲は、不愉快そうに眉根を寄せている。


分かってはいても、心配することはやめられない。



「だって、大切な方ですよ。」


「……意味深な言い方をするな。」


「グッ、」



変な声に振り返れば、難しい顔をして何かをこらえている様子の青葉さんの後ろで、海渡さんが口を手で抑えているのが見えた。



「……海渡、何が可笑しい?」


「っっ、いえ、グ、なんでもっ、」



必死で笑いを抑えてるらしい海渡さんは、玲がそれを見ている目を細めたことで、顔色を青ざめさせた。



「海渡さん、騒がしくなりましたね。」


「っっ、すみませんっ、」



私の余計な一言で、更に追い詰めてしまったみたいだけれど。


首を横に振って、否定してみせた。




「違う意味です。その方が、海渡さんらしいから。」


「……奥様。」



海渡さんも、蒼羽さんも、地平さんだって。あの日以来、表情が常に固い。



「玲の変なとこをもっと笑ってやってください。」


「変なとこってなんだ変なとこって。」



呆れたようにそう言う玲を見上げれば、その目はフイと逸らされてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る