第10話

母親という立場は、神聖でありまた、近寄ってはいけない存在だった。




子が母親に近付けば狗神は歯をむき出しにして威嚇した。



俺の時もそうだった。


母親に甘えれば、容赦なく手が飛んでくる。


どうしても恋しくて抱きつけば、血反吐を吐くまで殴られたものだ。



それは今、自分が突きつけられている現実だった。




"同じ”狗だからだろうか。



旭が雫に触れる度、ザワリと居心地の悪い風が吹く。



嫉妬とは違う、何か。



他の狗に取られてしまう、という焦りさえ感じる。



常識的に考え、子が親を食らうなどあり得ないことだ。



しかし、旭もあと数年もすれば立派な男となる。確実にないとも言い切れなかった。




しかし。



「父さま、蒼が僕を見ません。」


憮然とした表情でそう言うこの子が、それとは違うと感じたのは最近のことだ。



「この犬は懐かない。」



そう言った俺の言葉に顔をくしゃりと歪めたこの甘ったれは、雫に、蒼に、俺に、純粋に甘えている。




親であることを早々に放棄する我々狗神は、自分の子のことをもっとまっすぐに見るべきだったのだと思う。




少なくとも、俺の妻に触れているこの男は純粋に、母親を慕っているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る