第8話

「それはこの薄汚い犬が俺の雫に近付くからだ。」


「……父さま、流石にそれは大人げないですよ。」




呆れたようにモノを言うこの子と、玲の間には壁がない。



玲と先代のように、乗り越えられることのない、高い壁は感じなかった。




「お前も、妻を娶れば分かる。」



そう言った玲に、旭は目を細めた。その瞳の奥には、冷たさしかなく……



「気に入るかどうかは、分かりませんよね?」


「っっ、」



その冷たい言葉に、息を呑んだ。



すぐに表情を緩めた旭は、玲の膝から降りて私の所へ歩いてきて。



「僕の理想は、母さまです。」



そんな嬉しい言葉をくれた。



「母さま以外、要らない。」



そう言った旭の奥底に潜むものを感じたのはきっと。



「旭、その女は俺のものだ。」



玲も同じ。怒りの度合いを見ればそれは、一目瞭然だった。



「僕の母さまなので僕のものでもあります。」



その返答に更に、油が注がれてしまったみたいだけど。



狗神であるからこその、恐怖や葛藤。それを分かってあげられるのは、玲だけだから。



「お前の女は、絶対に存在する。」



だから返せ。そう言う玲の大人げなさは無視して。今、私の着物の裾を握りしめているこの小さな子に、玲なりの精一杯な想いを感じた。

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