第16話

side 雀




「……はぁ、」



嫌そうに吐き出された溜息、尖った口が諦めを示す。



俺を再び見た女の目に、はっきりと軽蔑の色が浮かんでいても、俺はこの女を逃がすわけにはいかなかった。



少し胸は痛むが、ここで放って帰って、本当の狼と遭遇させるわけにはいかない。



「交渉成立?OK。だったら名前、教えて。」



特に女に好かれるこの顔でできる精一杯の笑顔を向けたはずなのに、眉間に皺を寄せて見てくるこの女には、なんの効果も得られないらしい。



見た目に飛びつかれても困るが、少しくらいは意識してほしかったりする。




「……ひ、」


「あ?」



気まずさに頬をかいていると、小さい声が聞こえる。聞き返した俺を、盛大に不貞腐れた顔で見返して。



「春田、冬陽(はるたふゆひ)。」


「……冬陽。」



ピンク色の唇から放たれた甘美な名に、思わず顔が綻んだ。



「いきなり名前ですか?」



心底嫌だとばかりに冬陽がそう言っても気にならないほど、名前を知っただけなのに、達成感が凄くて。




「俺も、雀って呼んで。」


「嫌です。」



そんな即答にも、機嫌よく笑えてしまう。



無言でそのまま笑ってれば、冬陽はおどおどと視線を漂わせて、気まずそうに俯く。

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