第5話

「雀。」



艶を含んだ冬陽の声が、俺の名前を呼ぶ。それだけで喉が鳴るほどの渇望が沸き上がり、俺の理性を突き崩しにかかった。



こんなにも、欲しい。それなのに、進めない。もどかしい距離に苛立ち、そしてどこかで安心していた。



「着替えようか。」



唇が触れる寸前、そう言えば冬陽の口元があからさまに不機嫌に歪む。これほどまでに自分を求めてくれているという証拠なのだからもちろん嬉しい。



それでもやはり、自分で決めた決まりは守りたかった。


冬陽が卒業するまで、最後まではしない。それは冬陽の父親と約束を交わしたからではなく、俺なりのけじめだ。



「冬陽?」



冬陽が、悲しそうに目を伏せる。唇は少しとんがっていて、明らか拗ねているのが分かった。



この年なら、拗ねるのも分かる気がする。欲求のままにという年ではないにしろ、なんの垣根もなく、自由に恋愛を楽しむ年だ。



俺と冬陽は、年齢が8違う。それだけでも考えることが幾分か違ってくるだろう。



俺も、冬陽の年くらいには寄ってくる女なら誰でもよかった。強く湧き上がる欲求の処理をもてあましたからだ。

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