第55話

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目の前に広がった食事は、人間に食させる割には贅沢の限りを尽くしている。



勿論、和子以外の贄もこれを食っていただろう。いずれ俺が食う家畜に豚の餌を食わせるわけにはいかないからだ。



和子は、よく食べる。ここに来たばかりは、口の中一杯に物を放りこんでよく喉を詰まらせていたものだ。



和子の生態は見ていて飽きない。目の前の和子という生物は、今まで見てきたどの人間とも違っていた。



あまりにも違い過ぎて途惑いしかないが、それを面白いと感じている俺がいる。



食事を前にして、和子は少しも動く様子はない。ジッと食い物を見つめたまま、視線を上げることはない。



「和子。」


「はい。」



さっきまで機嫌を損ねていたはず。しかし今度は素直に返事をしてくれるらしい。本当にこいつの"機嫌"ほどよく分からないものはないな。



「それを食わせろ。」


「え?」



顎で机のおかずの一つを示せば、和子が戸惑っている。催促とばかりに指さした。



「は、はい。」



慌てて箸を持った和子が俺の示したおかずを箸で掴む。俺の口へと運ぶそれが小さく震えているのを見て、背中をくすぐられたような、鈍い快感が走る。



口内に広がるそれ。味は悪くないが、やはり先ほどの女と大して変わりのない味だ。

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