第48話

手を上げれば、手先から突風が吹く。



デカい音を立てて開いた両開きの扉から姿を現した和子は、口元から血を流し、俺をまっすぐに見つめていた。



「和子、来い。」



手を差し出せば、俺の贄は素直に腕の中に来る。この数か月で刷り込んだから当然だ。



しかし、今日は違うらしい。



和子は、嫌そうに顔を顰めて俺に背を向けた。



「和子。」



低く名を呼んでも怖がる様子もなく、答えることもなく廊下の奥へと消えていく。



「ククッ、」




思わず笑みが零れる。これほどまでに愉快で、そして興奮したのは初めての体験だった。



そこで、ふと気付く。俺はこれまで、こんなゴミを食らっていたのか、と。



目の前にある肉片は、もはやハゲワシが食らう腐肉よりも汚らわしいものに見えた。



「処分しておけ。」


「は。」



ゴミの血にまみれた体は酷く不快で、湯浴みをしたばかりだというのにと溜息が漏れた。



しかし、突然沸いて出る食欲は本能が告げるもので、例え鬼を束ねている俺だとしても抗うことなど不可能だった。




すぐさま湯浴みをして着替え、部屋に戻れば、部屋に和子は見当たらない。



「和子。」



名を呼んだ。匂いで、気配で、和子がこの部屋にいることは分かっているからだ。



「和子。」



もう一度呼んでも、和子は返事どころか姿すら見せてはくれないようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る