第41話

「和子。」


「はい?」


「こっちを見ろ。」




その命令は、絶対なのかもしれないけれど、直視なんてできるわけがなく。



なんとか肝心なところは見ないように、恐る恐る火炉の顔だけを見ることに終始した。



ジッとなにかを探るように私を見ていた火炉は、不意に笑顔を見せる。



「よこせ。」


「あ、」




何が気に入ったのか、今度は突然上機嫌で着替えだした火炉。



直垂ひたたれを履いたけれど、上の着物はそのまま羽織るだけにしたようだった。



これはこれで。



「寝るぞ。」


「っっ、」



少し、心臓に悪い。



上機嫌の火炉が私を抱き寄せ、引き締まった胸元にグイグイと顔を押し付ける。



鬼だというのに、火炉は立派な男性。慣れていない私にはこの状況は困ってしまう。



「下がれ。」


「っっ、」




不意に、火炉の声が低く響く。その冷たい声は、私にではなく、火炉の世話をしていた侍女に向いていた。



姐衆あねしゅうに言え、未熟な者を送るな、とな。」


「はい、カシラ。」




その子の震える頭が深々と下げられる。きちんと三つ指をついて、綺麗に。



そしてすぐに立ち上がったその子は、暗闇に消える前に、チラリと私を見た。



その目には、ほんの少しだけ、好意のようなものが感じられて。返事というわけでもないけれど、その子に微笑んでみた。



その目はすぐに逸らされてしまって、彼女がどう受け取ったかは分からないけれど、ここにきて初めて、火炉以外から受けた優しさのような気がして、嬉しかった。

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